月夜の浜辺 ―偶然という奇跡について―
月夜の浜辺。月に照らされているのは、広大な海のほんの一部に過ぎない。
この詩を読むとき、私はまずその光景の構造に目が止まる。浜辺は「この世」そのものだ。そして月明かりの届く範囲が、今自分に見えている世界の全て。どんなに歩き回っても、どんなに目を凝らしても、広大な海の全体から見れば、人が認識できる範囲などゼロに等しい。
その闇の中で、中也はボタンを一つ拾う。
この詩がしばしば文也への追悼詩として語られることは知っている。しかし実際の制作時期は文也が逝く以前のことだ。だとすれば、この詩を書いた瞬間の中也の心の中に、私は別の何かを感じる。
浜辺には、大海原から、あるいは山から川を下って、無数のものが流れ着く。その中の一つに、たまたま視線が合った。売れるわけでも、役立つわけでもない、ただのボタン。それでも中也は拾い、捨てられなくなって、袂にしまう。
そのボタンは、どんな服についていたのだろう。その服を着ていたのは誰で、どんな人生を歩んでいたのか。そしてなぜ、このボタンは今ここにあるのか。拾った瞬間に、そのボタンと自分の間に関係性が生まれ、そこに無数の見知らぬ人生が折り重なって見えてくる。
人間には、必要なもの以外をスルーする能力が最初から備わっている。街ですれ違う人、道端に落ちているゴミ、電信柱の傷、放置された自転車etc. それら全てに固有のストーリーがある。しかしいちいちそこに立ち止まっていたら、私たちは一歩も前に進めない。
だから私たちはスルーする。毎日、おびただしい数の「出会い」を、出会いにもせずに通り過ぎている。
しかし、たまに目に止まってしまうものがある。
理由はわからない。役に立つからでも、美しいからでもない。ただ、止まってしまう。
中也にとってのそれが、あの夜のボタンだった。
「月に向ってそれは抛(ほう)れず、浪に向ってそれは抛れず」
この二行が、詩の核心だと思う。月に返すことも、海に返すこともできない。それはもはや「この世の理(ことわり)の外」にある関係性=道理が通用しない になってしまったということだ。
そして最後の一行。
「どうしてそれが、捨てられようか?」
問いの形をとっているが、これは答えが決まっている問いだ。捨てられない。なぜなら、偶然目に止まるという奇跡が、すでにそこで起きてしまっているから。
この詩が後に文也の追悼詩として詩集に収められたのは、中也自身の必然だったのだろう。この世に生まれてきた小さな命が、偶然自分のもとに現れ、指先に沁み、心に沁み、そして返せなくなった。そういう意味において、この詩はボタンの詩であると同時に出会いそのものの詩だ。
私たちが日々スルーし続けているものの中に、本当に大切なものが紛れ込んでいるかもしれない。この詩はそのことを、静かに差し出している。
現代を生きる私たちの「目に止める」基準は、おそらく中也の時代よりずっと単純になってしまった。
役に立つか、得になるか、評価されるか。映えるか。
情報は溢れ、選ばなければ流される一方だから、フィルターを強くするのは生存本能に近い。スルーすることは、責められることではない。
ただ、そのフィルターは、ボタンを素通りする。
月に向っても海に向っても抛(ほう)れないものを、最初から視界に入れないまま通り過ぎる。
それ自体は仕方がない。でも中也のこの詩を読んだ夜くらいは、今日スルーしてきたものの中に何があったかを、ぼんやりと思い返してみてもいいかもしれない。
答えは出なくていい。ボタンが何だったかを特定しなくていい。ただ、浜辺には無数のものが流れ着いていて、自分はそのほんの一部しか見ていなかったという感覚を、たまに持つだけで何かが変わる気がする。
中也がボタンを袂にしまったように。
<<月夜の浜辺>>
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
月に向ってそれは抛(ほう)れず
浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

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