Songs

汚れつちまつた悲しみに

山羊の歌より

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

浮浪


未発表詩篇(草稿詩篇1925-1928)

私は出て来た、
街に灯がともって
電車がとおってゆく。
今夜人通も多い。

私も歩いてゆく。
もうだいぶ冬らしくなって
人の心はせわしい。なんとなく
きらびやかで淋しい。

建物の上の深い空に
霧(きり)が黙ってただよっている。
一切合切(いっさいがっさい)が昔の元気で
拵(こしらえ)えた笑(えみ)をたたえている。

食べたいものもないし
行くとこもない。
停車場の水を撒(ま)いたホームが
……恋しい。

詩人り嘆き
未発表詩篇(草稿詩篇1925-1928)

詩人の嘆き

未発表詩篇(草稿詩篇1925-1928)

私の心よ怒るなよ、
ほんとに燃えるは独りでだ、
するとあとから何もかも、
夕星(ゆうづつ)ばかりが見えてくる。

マダガスカルで出来たという、
このまあ紙は夏の空、
綺麗に笑ってそのあとで、
ちっともこちらを見ないもの。

ああ喜びや悲しみや、
みんな急いで逃げるもの。
いろいろ言いたいことがある、
神様からの言伝(ことづて)もあるのに。

ほんにこれらの生活(なりわい)の
日々を立派にしようと思うのに、
丘でリズムが勝手に威張って、
そんなことは放ってしまえという。

恋の後悔


未発表詩篇(ノート1924)

正直過ぎては不可ません
親切過ぎては不可ません
女を御覧なさい
正直過ぎ親切過ぎて
男を何時も苦しめます

だが女から
正直にみえ親切にみえた男は
最も偉いエゴイストでした

思想と行為が弾劾し合ひ
智情意の三分法がウソになり
カンテラの灯と酒宴との間に
人の心がさ迷ひます

あゝ恋が形とならない前
その時失恋をしとけばよかつたのです

春宵感懐

春宵感懐
​在りし日の歌
1936年7月「文學界」に掲載

雨が、あがって、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よい)。
 なまあったかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息(ためいき)が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧(わ)くけど、それは、掴(つか)めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだろうじゃないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合(かおみあわ)せれば
にっこり笑うというほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがって、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあったかい、風が吹く。


​在りし日の歌
1934年4月28日

ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きていた時の苦労にみちた
あのけがらわしい肉を破って、
しらじらと雨に洗われ、
ヌックと出た、骨の尖(さき)。

それは光沢もない、
ただいたずらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分(いくぶん)空を反映する。

生きていた時に、
これが食堂の雑踏(ざっとう)の中に、
坐(すわ)っていたこともある、
みつばのおしたしを食ったこともある、
と思えばなんとも可笑(おか)しい。

ホラホラ、これが僕の骨―― 
見ているのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残って、
また骨の処(ところ)にやって来て、
見ているのかしら?

故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半(なか)ばは枯れた草に立って、
見ているのは、――僕?
恰度(ちょうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがっている。

酒場にて


(未発表詩篇 早大ノート)
1936年10月1日

今晩あゝして元気に語り合つてゐる人々も、
実は、元気ではないのです。

近代いまといふ今はすくなくも、
あんな具合な元気さで
ゐられる時代ときではないのです。

諸君は僕を、「ほがらか」でないといふ。
しかし、そんな定規ぢやうぎみたいな「ほがらか」なんぞはおやめなさい。

ほがらかとは、恐らくは、
悲しい時には悲しいだけ
悲しんでられることでせう?
されば今晩かなしげに、かうして沈んでいる僕が、
輝き出でる時もある。
さて、輝き出でるや、諸君は云ひます、
「あれでああなのかねえ、
不思議みたいなもんだねえ」
が、冗談ぢやない、
僕は僕が輝けるやうに生きてゐた。

除夜の鐘


​在りし日の歌
1936年1月「四季」に掲載

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫(ふる)わし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

それは寺院の森の霧(きら)った空……
そのあたりで鳴って、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧った空……

その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食うべ、
その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だろう、どんな心持だろう、
その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫わし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

はるかぜ


1936年10月「歴程」第三次創刊号に掲載
1936年3月制作

ああ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
空は曇(くも)ってはなぐもり、
風のすこしく荒い日に。

ああ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
部屋にいるのは憂鬱(ゆううつ)で、
出掛けるあてもみつからぬ。

ああ、家が建つ家が建つ。
僕の家ではないけれど。
鉋(かんな)の音は春風に、
散って名残(なごり)はとめませぬ。

風吹く今日の春の日に、
ああ、家が建つ家が建つ。

ゴムマリの歌


修羅街挽歌其の二のII
1932年12月27日

ゴムマリか、なさけない
ゴムマリか、なさけない
ゴムマリは、キャラメル食べて
ゴムマリは、ギッタギダギダ
ゴムマリは、ころべどころべど
ゴムマリはゴムのマリなり
ゴムマリを待つは不運か
ゴムマリは、涙流すか

ゴムマリは、ころんでいって、
ゴムマリは、天寿に至る
ゴムマリは、天寿に至り
ゴムマリは天寿のマリよ

サーカス


山羊の歌
1929年10月雑誌生活者に掲載

幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
冬は疾風(しっぷう)吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(あたまさか)さに手を垂れて
汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯(ひ)が
安値(やす)いリボンと息を吐(は)き

観客様はみな鰯(いわし)
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やがい)は真ッ闇(くら) 闇の闇
夜は劫々と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

月夜の浜辺


​在りし日の歌
1937年2月「新女苑」に掲載

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際(なみうちぎわ)に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
   月に向ってそれは抛(ほう)れず
   浪に向ってそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

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